先日、FPジャーナルで「ファイナンシャル・ウェルビーイング(FWB)」に関する興味深い記事を読んだ。 定義によれば、FWBとは「現在および将来の金銭的支払いを管理でき、金銭的なショックを吸収できる能力があり、人生を楽しむための選択の自由がある状態」を指すという。
一読して、私が実践してきたFIRE(Financial Independence, Retire Early)と非常に近しい概念であると感じた。しかし、思考を深めていくにつれ、この二つの間には決定的な「階層の違い」があることに気づかされる。
結論から言えば、FWBはまじめに勤め上げる会社員生活の延長線上でも十分に到達可能な領域だ。対して、私が目指し、そして現在実践しているFIREは、そのさらに上層、マズローの欲求階層説における「最上位」に位置している。
多くのFIRE達成者が、念願のリタイア後に「虚無感」や「退屈」という名の病に襲われるのは、この構造を理解していないからに他ならない。
マズローの「欠乏」と「成長」
マズローの心理学を借りれば、FWBが満たしているのは主に「欠乏欲求(Deficiency-needs)」である。 生理的欲求、安全欲求、そしてある程度の社会的欲求。「お金がない不安」「将来への恐怖」といったマイナスの要素をゼロにする作業、それがFWBの本質だ。これは生きるための土台であり、非常に重要だが、あくまで「守り」の幸福である。
一方で、私が設計してきた生活は「成長欲求(Being-needs)」、すなわち自己実現の領域にある。 これは「マイナスをゼロにする」ことではなく、「ゼロをプラスにする」営みだ。資産額という数字を積み上げるゲーム(Having)をクリアした後に待っているのは、「自分は何者として生きるか(Being)」という問いである。ここを持たずにFIREすることは、ゴールのないマラソンを走るようなもので、虚無に陥るのは必然と言える。
「Having」の罠から「Being」の創造へ
脳科学の知見を加えると、この「幸福の質」の違いはより鮮明になる。
多くの人は「Having(所有)」に幸福を求める。資産額、高級車、社会的地位。しかし、脳の報酬系は残酷だ。これら「地位財」から得られるドーパミンは一過性であり、すぐに慣れ(順応)が生じる。3億円を持てば、次は5億円欲しくなる。「もっと、もっと」という渇望は、消費行動を続ける限り永遠に満たされることはない。これが「Havingの罠」だ。
では、日々の生活を豊かにし、持続的な幸福感を得るにはどうすればよいか。 答えは、生活の軸を「消費」から「創造」へとシフトさせることにある。
ただ高級な食事を消費する(Having/Doing)のではなく、自らの手で料理を作り出す。 ただコンテンツを消費するのではなく、文章を書き、表現する(Being)。
受動的な消費から、能動的な創造へ。 この転換こそが、脳に適度な負荷と深い報酬(オキシトシンやエンドルフィン)を与え、「飽きない人生」を作り出す鍵となる。私がブログを書き、書籍を執筆し、新たなキャラクターを生み出そうとしているのも、暇潰しではなく、この脳科学的な幸福戦略に基づく必然の行動なのだ。
FWBは「最強のスタートライン」である
こう考えると、FWBの真の価値が見えてくる。 FWBは、人生の「上がり(ゴール)」ではない。これから始まる自己実現という冒険のための「最強のスタートライン」なのだ。
創造的な活動には、失敗がつきものである。評価されないかもしれないし、徒労に終わるかもしれない。しかし、FWBという盤石な経済的基盤があれば、生活が脅かされる恐怖なしに、何度でも挑戦することができる。
「失敗しても、ご飯は食べられる」
この圧倒的な安心感があるからこそ、私たちは恐れずに「Being(あるべき自分)」に向かってジャンプできる。 資産形成のその先にある、創造する喜び。それを見据えてライフデザインを行うことこそが、現代における真の「ウェルビーイング」なのではないだろうか。